山地酪農開祖の地 2

こんにちは、島崎です。

高知県牧場めぐりの続きを投稿したいと思います。

山本牧場さん、岡崎牧場さんを後にした私たちは翌日、雪ヶ峰牧場さんを訪ねました。

雪ヶ峰牧場さんは、高知駅から車で30分程、物部川の上流に位置する、約120 ha の広大な牧場。

NHKの番組で「日本一幸せな牛のいる牧場」として紹介されたこともあるのです。

「幸せな牛からおいしい牛乳」の著者である、我らが中洞牧場長は、これを見逃すわけにはいきません。

雪ヶ峰牧場さんは、とにかく広い!

 ↑ 写真だとわかりづらいですが、向かいの山の尾根まで、雪ヶ峰牧場なのです。

晴れていれば、もっと綺麗だったことでしょう。

放牧地の所々に見られる段々は、昔ミカンを作っていた段々畑なのだそう。

さっきまで遠くにいたのに、中洞牧場長に寄ってくる牛たち。

幸せな牧場の、同じにおいを感じるのでしょうか。

ジャージーばかりかと思いきや、茶色のホルスタイン柄の牛が…

よく見ると、ポニーでした。

牛たちと同じく、幸せそうに草を食んでいました。

さて、最後に向かったのは、南国市の斉藤牧場さん。

中洞牧場長が40年前に訪れた当時の牧場長、斉藤陽一さんと、まずは再会のツーショット。

その頃から、連綿と続いてきた斉藤牧場さんの美しい姿は、現在の牧場長・佳洋さんと貴美子さんご夫妻に受け継がれていました。

標高150~250mの斉藤牧場さん、30~40度の傾斜地が多く、それが数十m下まで続いているような場所もありました。

ちょっと覗き込むだけで、そのまま吸い込まれてしまいそうです。

(写真で伝えるのは難しい!)

「ちょっと入ってもいいですか?」と、普段は見学に来た人たちもほとんど入らないような急斜面のエリアにも、「革靴で来たのが失敗だったな」と笑いながら進んでいく中洞牧場長。

さすが、山の歩き方が板についていますね。

牛を放す前は、とにかく草も木も生い茂っていたことでしょうから、当時成功者もいなかった山地酪農をこの土地で始めたこと、このような形になるまで諦めずに続けたこと、本当に頭が下がります。

高知の偉大な山地酪農家に出会った旅でした。

一時は100~200件もの山地酪農家が存在していたとも言われていますが、乳脂肪分3.5%以上の牛乳でなければ価格が半分になってしまうという農協独自の基準が設けられてから、その数は減少し、今や日本全国に数件残るばかりです。

(牛が山を歩き回る山地酪農では、どうしても乳脂肪分が3.5%を下回ってしまう場合があります。牛乳として販売するための法律上の基準である3.0%はクリアできるのですが、ほとんどの酪農家は農協にしか販路を持っていないため、乳脂肪分3.5%以上の牛乳を出すために牛に高カロリーの餌を与え、運動も控えなければならないのです)

この山地酪農を始めるために、牛とともに山を開拓することの大変さもさることながら、それを継続させていくことの苦労も感じた旅でした。

お忙しいところ、時間を割いて牧場を見せてくださった山本牧場さん、岡崎牧場さん、雪ヶ峰牧場さん、斉藤牧場さん、本当にありがとうございました。

今年63歳になる、今も元気な中洞牧場長ですが、何十年後あるいはもっと先の将来に、中洞牧場があり続けるために、どうしなければいけないかを考えながら帰路につきました。


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